甲状腺の精査(精密検査)
血液生化学的検査
甲状腺機能検査
TSH(甲状腺刺激ホルモン)
TSHは下垂体から分泌され、甲状腺ホルモン(FT3、FT4)が過剰になると抑制されます。
TSHは甲状腺機能を反映する最も鋭敏なマーカーであり、キットによる基準値の差が小さいこともあり、甲状腺機能異常発見のスクリーニング検査として適しています。
FT4、FT3が高値にもかかわらず、TSHが抑制されていない(不適切TSH分泌症候群)場合は、測定方法を変えて確認します。
異なる測定方法でも同様の結果であれば、TSH産生腫瘍や甲状腺ホルモン不応症の診断に移ります。
FT4
T4は甲状腺で合成され血中に放出されます。
血液中では大部分がサイロキシン結合蛋白(TBG)またはアルブミン(TBPA)と結合しています。
遊離型(FT4)は総T4の0.02-0.03%にすぎませんが、ホルモン作用は遊離型で発揮するため結合蛋白の増減に影響を受ける総T4よりも優れた指標となります。
測定キットによる基準値の差異は、TSHよりも大きくなります。
FT3
T3はT4よりも活性が高い甲状腺ホルモンです。
T3は甲状腺からも分泌されますが、大部分は脱ヨウ素酵素により末梢でT4から転換されます。
遊離型(FT3)は総T3の0.2-0.3%にすぎませんが、FT4と同様の理由でFT3測定は総T3測定よりも優れます。
測定キットによる基準値の差異は、TSHよりも大きくなります。
抗甲状腺自己抗体
抗TSH受容体抗体(TRAb TBII TSAb TSBAb)
TRAbは、甲状腺細胞のTSH受容体に対する自己抗体です。
TSH受容体とTSHの結合を阻害するTSH結合阻害免疫グロブリン(TBII)と甲状腺刺激作用を有する甲状腺刺激抗体(TSAb)があります。
現在測定されているTBII測定キットがTRAbと称されているために、TBII活性をもつ抗体をTRAbと称することが一般的になりました(狭義のTRAb)。
TSAbは、TSH受容体と結合後のcAMP産生刺激作用を指標として測定されます。
TSBAbは、このcAMP産生を阻害する抗体となります。
甲状腺中毒症ではバセドウ病の他、無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎などがありますが、TRAb陽性の患者様はアイソトープを用いた甲状腺摂取率検査を施行しなくても、確からしいバセドウ病として抗甲状腺薬治療を開始して良いとされます。
バセドウ病寛解の指標としてはまだ課題が残ります。
TgAb TPOAb
TgAbは甲状腺に特異的な蛋白であるサイログロブリン(Tg)に対する自己抗体です。
TPOAbは甲状腺ホルモン合成酵素であるTPOに対する自己抗体です。
電気化学発光免疫測定(ECLIA)法と蛍光酵素免疫測定(FEIA)法があり、基準値が異なるので注意が必要です。
橋本病の診断に用いられ、TgAbで94%程度、TPOAbで82%程度の感度がありますが、健常者でも特に女性では10%以上が基準値を超えます。
同じ自己免疫疾患のバセドウ病でも陽性率は高くなります。
腫瘍マーカー検査
サイログロブリン(Tg)
Tgは甲状腺濾胞細胞で産生され濾胞腔に蓄えられます。
甲状腺に特異的な糖蛋白で、甲状腺ホルモン生合成の場となります。
合成された甲状腺ホルモンとTgは、濾胞細胞に取り込まれTgは分解され、甲状腺ホルモンは血中に放出されます。
TgAb存在下では測定系に影響を与えるので、Tg測定の際には、TgAbを同時測定します。
分化型甲状腺癌(乳頭癌、濾胞癌)に対する甲状腺全摘後の経過観察において有用性が高いです。
濾胞性腫瘍の良悪性の鑑別として単独では指標にはなりにくいですが、1000ng/ml以上の場合には手術を考慮する一つの要素となります。
カルシトニン
甲状腺傍濾胞細胞(C細胞)より分泌されるホルモンです。
血中カルシウム上昇に対応して分泌促進され、血中カルシウムを低下させます。
C細胞由来である甲状腺髄様癌では高値を示し、診断及び病勢評価に用いられます。
画像検査
超音波検査(エコー検査)
甲状腺疾患が疑われるすべての患者様が適応となります。
特に甲状腺結節を触知した場合の画像検査として、最初に施行することが推奨されます。
他の画像検査よりも非侵襲的で被爆せず、空間分解能が高く得られる情報が多いことがその理由です。
しかしながら検者のスキルに大きく依存するため、検者には十分な経験と知識が要求されます。
当院では体表臓器用のドプラ機能付の中心周波数12-18MHzの高周波デジタルリニアプローブを用いています。
他施設では被験者は仰臥位で肩の後ろに枕を入れた頸部伸展位で実施することが多いですが、当院では椅子型診察台を使用し、患者様は座位のまま頸部伸展位を取り検査を実施します。
Bモード画像(グレースケール断層像)
乳頭癌を疑う所見としては充実性の低エコー結節で、形状不整、縦横比大、境界不明瞭、結節内部の多発点状高エコーなどがあります。
微少浸潤型濾胞癌は、濾胞腺腫との鑑別が困難です。
広汎浸潤型濾胞癌の特徴としては充実性の低エコー結節で、嚢胞成分がないこと、境界部低エコー帯(halo)がないこと、粗大な高エコー(特にリング状の石灰化)を有することなどがあげられます。
髄様癌の超音波所見は多岐にわたりますが、典型例では内部に点状から粗大な石灰化を認めます。
未分化癌は形状不整の大きな腫瘤で、出血や壊死を反映して、不均一な内部エコーを呈することが多くなります。
多くは発見時に周囲臓器に浸潤しており、既存の(未分化転化以前の)化癌が粗大卵殻状石灰化として描出されることもよく経験します。
バセドウ病や橋本病は、びまん性甲状腺腫として描出されますが、偽嚢胞状低エコー(pseudocystic pattern)や局所的内部エコーの低下及び後方エコーの増強などは、悪性リンパ腫の併発に注意が必要となります。
亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎では、不均質な内部エコーの低下を認め、破壊性甲状腺炎を反映します。
血流評価(ドプラ法)
現在使用されている超音波機器のほとんどはカラードプラ機能を有しており、スクリーニングの段階で血流情報を確認するのが一般的です。
しかしながら血流情報の評価方法は、施設間、検者間で差があり、機器による感度の差も含めて標準化に向けての課題は多いとされます。
超音波ドプラ法は大きく分けて2つの方法があります。
- 血流あるいは血流が存在する血管を可視化する方法(カラードプラ法、パワードプラ法)
- 血流自体の詳細な性状を捉えようとする試み(パルスドプラ法)
カラードプラ法は、バスキュラリティー(血流の多寡、形態、拍動性など)、血流インデックス、血流分布形態を総合的に評価します。
一般に良性病変はバスキュラリティが低く、悪性腫瘍では高いとされます。
パルスドプラ法で得られた血流波形の指標には、最高血流速度(Vmax)、最低血流速度(Vmin)、血流量、PI(pulsatility index)=((Vmax-Vmin)/Vmean)、RI(resistence index)=((Vmax-Vmin)/Vmax)などが含まれます。
PIは拍動性の、RIは血流抵抗の指標となります。
腫瘍内部のPIとRIは良性で低く、悪性で高い傾向にありますが、オーバーラップも多いとされます。
組織弾性評価(エラストグラフィ)
体表臓器である甲状腺の診察の上で、身体所見として触診で得られる情報は多いのですが、それらの所見に客観性を持たせて記録することは困難でした。
組織弾性イメージングはこれらの情報を画像化し、結節の良悪性の鑑別診断への有用性が期待されています。
組織弾性評価の手法は大きく2つに分類されます。
- 圧迫によるひずみを用いる方法(strain imaging)
- せん断波の速度を用いる方法(shear wave imaging)
乳頭癌は周囲組織に比べて固い組織として描出され診断に有用ですが、濾胞性腫瘍の良悪性の判別に対する有用性はまだ評価が定まっていません。
核医学検査(Tc Tl FDG-PET)
甲状腺シンチグラフィー
機能性甲状腺腫の診断、異所性甲状腺腫の検出に有用です。
123I(経口投与、半減期13.6時間、検査時間3時間又は24時間)か、99mTc(静脈注射、半減期6時間、検査時間15-30分)を用います。
放射性ヨウ素(123I、131I)を用いる場合は約1週間のヨウ素食事制限が必要ですが、99mTcは事前準備が不要となります。
稀に、123Iと99mTcの結果が解離することがあるとされ(99mTcは有機化されない)、真の機能検査としては123Iが優りますが、前述のように99mTcの使い勝手が良いので99mTcで代用することも多いです。
癌の全身シンチグラフィー
甲状腺全摘後の転移巣検出目的に、131Iを用いて行います。
TSH刺激下での検査が必要で、甲状腺ホルモン内服の休薬(チラーヂンSは4週間、チロナミンは2週間)、もしくは遺伝子組換えヒトTSH(タイロゲン®)注射(131I内用2日前と前日)を行います。
ヨウ素制限は1-2週間で、シンチグラフィーの撮影は内用後48-72時間後に行います。
FDG-PET(PET/CT)は特に悪性度の高い、低分化癌や未分化癌、あるいは放射性ヨウ素抵抗性の甲状腺癌再発の全身評価として用いられることが増えています。
CT検査
甲状腺癌の術前には、頸部、胸部のCT検査を全例に行っています。
周囲臓器進展や、多数のリンパ節転移を認める場合には、ヨード造影剤を用います。
良性結節やバセドウ病などでも、大きな甲状腺腫の場合は、縦隔進展や気道狭窄の評価にCTは有用です。
病理学的検査
穿刺吸引細胞診
対象患者様
甲状腺結節取扱診療ガイドライン(2013)が、日本乳腺甲状腺超音波診断会議(JABTS)甲状腺用語診断基準委員会の指針に準じ、穿刺吸引細胞診を推奨している対象患者様について、別表に示します。
一方でアメリカ甲状腺学会(ATA)のガイドライン4では、悪性の危険度と超音波所見、腫瘍径の組み合わせから5段階に所見を分類し、穿刺吸引細胞診の適応を定めています。
1cm以下の腫瘍に対しては特徴的な超音波所見、リンパ節腫大、臨床的高危険要素(小児期の頸部外照射歴、甲状腺癌家族歴)などを除けば、精査から除外し、低危険度微小乳頭癌に対する過剰診療を回避する意図が見られます。
甲状腺腫瘍の診断
甲状腺癌の大部分を占める乳頭癌は、適切に細胞が採取されれば、特徴的細胞診所見により、診断は比較的容易です
壊死様物質が同時に採取された場合は、低分化癌や未分化癌の併存の可能性を考慮する必要があり、対応を急ぐ必要があります。
比較的稀な髄様癌や悪性リンパ腫なども、細胞診が診断の糸口になり得ますが、細胞診所見だけで診断をすることは困難なことも多いです
髄様癌は微小なものを除けば、血中カルシトニン、CEAが高値を示します。
悪性リンパ腫は橋本病を背景に発症することが多いですが、最終的には切開生検による病理組織検査と同時に、補助診断としてのCD45ゲーティング、免疫グロブリンH鎖JH再構成を併用して診断します。
甲状腺原発であれば、殆どの症例がB細胞性非ホジキンリンパ腫です。
最大の問題は、濾胞癌と濾胞腺腫や腺腫様甲状腺腫を細胞診で鑑別することがほぼ不可能であることです。
濾胞癌の診断基準は
- ① 被膜浸潤
- ② 脈管浸潤
- ③甲状腺外への転移
のいずれかを認める場合となっており、組織構造、細胞及び核の異型性を問いません。
自ずと細胞診の診断には限界があります。
したがって、「良性」と考えられる結節を非手術で経過観察している場合、そのうち何%かには濾胞癌(多くは微小浸潤型)が含まれることになります。
頚部外側のリンパ節腫大(V、VI、VII)の転移診断は、穿刺針洗浄液(生理食塩水0.5-1ml)のサイログロブリン(乳頭癌、濾胞癌)、カルシトニン(髄様癌)の測定が補助診断として有用です。
病理組織検査
術前には一般的に穿刺吸引細胞診が選択されるので、生検材料を取り扱うことはほとんどなく、組織診断は、手術切除材料であることがほとんどです。
しかしながら細胞診検査で、甲状腺低分化癌や未分化癌、他臓器原発悪性腫瘍からの転移、リンパ腫などが疑われた場合には、針生検が行われることがあります。
免疫組織染色として、甲状腺特異的なマーカーとして、Tg、TTF-1(肺癌も陽性)、PAX8などを用いることがありますが、低分化癌や未分化癌では、いずれも発現が消失していることも少なくありません。
髄様癌はカルシトニン、クロモグラニンAが陽性となります。
増殖力,悪性度の評価には、Ki67(MIB-1)、p53などが用いられます。
穿刺吸引細胞診を行うべき対象者
- 1)充実性結節
・20mm径より大きい場合
・10mm径より大きく、超音波検査で何らかの悪性を示唆する所見がある場合
・5mm径より大きく、超音波検査で悪性を強く疑う場合 - 2)充実性成分を伴う嚢胞性結節
・充実成分の径が10mmを超える場合
・充実成分に悪性を疑う超音波所見がある場合 - 3)既往歴、家族歴、臨床所見で甲状腺癌の危険因子がある場合