甲状腺、副甲状腺疾患と遺伝
甲状腺腫瘍性疾患(遺伝性腫瘍)
甲状腺に発生する遺伝性腫瘍は、主たる病変が甲状腺腫瘍である場合と、症候群などに随伴し、主たる病変が他臓器に存在するものとに大別されます。
(1)主たる病変が甲状腺腫瘍である場合
① 遺伝性甲状腺髄様癌(多発性内分泌腫瘍症2型:MEN2)
RET遺伝子変異により発生し、顕性(優性)遺伝形式をとります。
家族スクリーニングにより、未発症家族の早期治療につながります。
副甲状腺や副腎に病変を併発する多発性内分泌腫瘍症2型を呈することがあります。
② 遺伝性非髄様性甲状腺癌(乳頭癌、濾胞癌)
発端者も含め第一度近親者(両親、兄弟姉妹、子供)に2名以上の非髄様性甲状腺癌患者が存在し、かつ明らかな症候群を伴わないものと定義されています。
3名以上であれば、95%以上は遺伝性と報告されていますが、2名の場合は、過半数で散発性(非遺伝性)との報告もあります。
明らかな原因遺伝子は同定されておりませんので、髄様癌のような遺伝子検査はできません。
③ ホルモン合成障害性甲状腺腫
腺腫様甲状腺腫の中には、稀ではありますが、遺伝子異常を伴うものが知られています。
潜性(劣勢)遺伝形式で、甲状腺機能は、低下する場合と、正常の場合があります。
難聴を伴う場合には、ペンドレッド症候群と呼ばれます。
(2)症候群などに随伴する甲状腺腫瘍
家族性大腸ポリポーシス、カウデン病、カーニー複合(1型)、ウェルナー症候群などで、甲状腺腫瘍の合併頻度が高いとされています。
甲状腺機能性疾患
バセドウ病や橋本病は、自己免疫疾患で家系内集積の傾向はありますが、特定の遺伝子によって発症するわけではありません。
現時点では、遺伝子検査で発症を予測、あるいは発症後の寛解予測を行うことはできません。
甲状腺ホルモン不応症は、β型T3受容体(TRβ)の変異を病因とし、診断のための遺伝子検査が有用です。
副甲状腺疾患
原発性副甲状腺機能亢進症のうち、複数の副甲状腺腫大を認め、下垂体腫瘍や膵臓の腫瘍を合併する場合は、多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)の可能性があります。
多発性内分泌腫瘍症
多発性内分泌腫瘍症(Multiple Endocrine Neoplasia: MENと略し、エムイーエヌと読みます) は主に内分泌臓器(甲状腺、副甲状腺、脳下垂体、膵臓、副腎)に生じる病気です。
臨床像からMEN1-4型にわかれております。
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)
MEN1はMEN1遺伝子変異により発症し、副甲状腺機能亢進症、膵消化管神経内分泌腫瘍、下垂体腺腫を主徴とし、それ以外に副腎、胸腺、気管支、皮膚などに、良性・悪性の腫瘍が多発する遺伝性疾患です(表1)。
当院は、副甲状腺機能亢進症に対する治療を担当することになります。
副甲状腺は,甲状腺の近傍にある内分泌臓器で、通常は4腺あり、血液中のカルシウムの調節を担っています。
MEN1でない(遺伝性でない)副甲状腺機能亢進症(95%以上)は、1腺の病的副甲状腺(副甲状腺腺腫)を切除することにより治癒が見込まれますが、MEN1に関連する(遺伝性の)副甲状腺機能亢進症(5%以下)は、4腺すべてを切除し、一部の副甲状腺組織を前腕の筋肉内に移植します。
表1 MEN1の診断基準
以下のうちいずれかを満たすものをMEN1と診断する。
1. | 原発性副甲状腺機能亢進症,膵消化管神経内分泌腫瘍,下垂体腺腫のうち2つ以上を有する。 |
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2. | 上記3病変のうち1つを有し,親,子,兄弟姉妹にMEN1と診断された人がいる。 |
3. | 上記3病変のうち1つを有し,MEN1遺伝子の病原性変異が確認されている。 |
多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2/MEN2A)と3型(MEN3/MEN2B)
従来の分類であるMEN2AをMEN2、MEN2BをMEN3と分類することが提唱されていますので、ここでは、新しい分類で表記します。
MEN2/MEN3はRET遺伝子変異により発症し、甲状腺髄様癌、副腎褐色細胞腫(MEN2、3)、副甲状腺機能亢進症(MEN2)、粘膜神経腫(MEN3)を主徴とする遺伝性疾患です(表2)。
当院は、甲状腺髄様癌と副甲状腺機能亢進症に対する治療を担当することになります。
MEN2/3でない(遺伝性でない)甲状腺髄様癌は、必ずしも甲状腺全摘を必要とはしませんが、MEN2/3に関連する(遺伝性の)甲状腺髄様癌は、甲状腺全摘が必須になります。
表2 MEN2の診断基準
1. | 以下のうちいずれかを満たすものをMEN2と診断する。 甲状腺髄様癌と副腎褐色細胞腫を有する 上記2病変のいずれかを有し,親,子,兄弟姉妹にMEN2と診断された人がいる 上記2病変のいずれかを有し,RET遺伝子の病原性変異が確認されている。 |
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2. | 以下を満たすものを家族性甲状腺髄様癌と診断する。 家系内に甲状腺髄様癌を有し、かつ甲状腺髄様癌以外のMEN2関連病変(副腎褐色細胞腫、副甲状腺機能亢進症、粘膜神経腫など)を有さない人が複数いる。 |
多発性内分泌腫瘍症4型(MEN4)
MEN4はCDKN1B遺伝子変異により発症し、原発性副甲状腺機能亢進症、下垂体腺腫、神経内分泌腫瘍を発症し、MEN1の表現型と類似しますが、軽症であることが多いとされます。
多発性内分泌腫瘍症(MEN)と遺伝
MENの患者さんでは、たくさんある遺伝子のうちの一つに変異(遺伝子暗号の変化や喪失)がおきています。
両親から受け継いだこの遺伝子の2つのうち1つに変異があると9割以上の人は生涯の間にMENの症状があらわれます。
つまりMENになるのは体質的な要因が原因であり、食事や生活環境などの要因は発症には関係しません。
また遺伝子の変化が原因であるため、この変化を受けた遺伝子が親から子へ受け継がれることにより、MENになる体質も受け継がれることになります。
私たちはそれぞれの遺伝子を2つずつ持っており、2つのうちの1つを子に伝えるしくみになっていますので、MEN1の体質が子に受け継がれる確率は性別に関係なく50%になります。
この体質を受け継いでいるかどうかについては、採血検体を用いて、遺伝子検査を行うことにより、診断することが出来ます。
遺伝カウンセリング
遺伝カウンセリングとは遺伝性の病気について、患者さんや家族が診断や治療のことも含めて病気に対する正しい知識を持ち、遺伝のしかたや家族への影響を正しく認識し、それらに基づいた将来へ向けての意志決定を援助する医療行為です。
MENの遺伝カウンセリングが必要となる場合には、
- 1. すでにMENと診断されている患者さんや家族に対して、病気についての情報を提供する場合
- 2. MENが疑われるが臨床的には確実に診断ができないため、診断目的の遺伝子検査を考慮する場合
- 3. 患者さんの家族に対して、同じ変異を持っているかどうかの遺伝子検査を考慮する場合
- 4. 結婚や出産に際しての悩みに対するカウンセリング
などの場合があります.
家族スクリーニング
MENは遺伝子が原因の病気なので、血縁関係のある家族の方は、同じ病気に現在罹患している、あるいは、将来発症するリスクは高いといえます。
遺伝子検査を行うことで、発症リスクを診断することが可能です。
また、遺伝子検査を希望しない場合でも、採血検体を用いたホルモン検査や各種画像検査で、現在の罹患の有無は診断できます。
検診を受けていただくことで病気の早期発見、早期治療につながりますので、MENの患者さんと血縁関係のある家族の方には,検診をお勧めしています。