妊娠と甲状腺・副甲状腺
① 甲状腺機能と妊娠
(1)妊活中の方、妊娠中の方
甲状腺ホルモンは胎盤を通して胎児に移行し、胎児の知能を含めた身体発育に極めて重要な働きをします。
母親の甲状腺ホルモンが不足すると胎児の発育および妊娠経過に悪影響(流産・早産など)を及ぼします。
甲状腺機能のコントロールは、TSHを指標に行います。TSHは甲状腺ホルモンが不足すると上昇します。
米国臨床内分泌学会/米国甲状腺学会、欧州甲状腺学会では妊娠前と妊娠初期のTSH値を2.5μU/ml未満、妊娠中期(14週~)TSH<3.0μU/mlにするよう推奨しています。
(2) 産後の注意点
出産後に発症する無痛性甲状腺炎を産後甲状腺炎といい、出産後7-8%程度の頻度で生じるとされます。
産後2-3か月での甲状腺機能検査をお勧めしています。
甲状腺機能亢進症による頻脈などの症状が強い場合には、授乳中でも内服可能なプロプラノロールなどを投与することがあります。
長期的には、25-30%の頻度で、永続性甲状腺機能低下症となり、甲状腺ホルモン薬(チラージンS®️)の内服を要するという報告もあります。
橋本病に関係する自己抗体である抗TPO抗体が陽性の方は、特に注意が必要です。
(3)バセドウ病の方
バセドウ病の患者さんが妊娠しても,甲状腺機能が改善すれば,一般の妊婦さんと変わりなく出産することができます。
しかし、妊娠初期(12週位まで)にメルカゾールを服用していると、臍腸管遺残や臍帯ヘルニア、頭皮の欠損などの先天頻度が増える可能性があります。
妊娠初期にメルカゾールを飲むことをできるだけ避けるため,妊娠は可能なかぎり計画的にしてください。
妊娠初期の期間、チウラジールやヨウ化カリウムへの変更を行う、あるいはあらかじめ手術治療を行うなどの方法で、リスクを回避する方法を検討することができます。
また、バセドウ病の刺激抗体であるTRAbは、胎盤から胎児に移行します。
母親のTRAbが非常に高い場合は、新生児バセドウ病のリスクがあります。
妊娠経過の中で、自然に低下してくることも多いですが、専門医と相談しながらの妊娠計画をお勧めいたします。
(4)チラーヂン内服中の方
妊娠前から甲状腺ホルモン薬(チラージンS®️)を内服している方は、妊娠中は甲状腺ホルモンの必要量が増加するため、内服量を25~50%程度増やす必要があります。
甲状腺ホルモン薬(チラージンS®️)は非常に安全な薬剤で、妊娠中、授乳中も安全に服用することができます。
服用しないことで、甲状腺機能低下症になることは好ましくないので、自己判断での中断はしないようにしてください。
② 甲状腺腫瘍と妊娠
妊娠中には、既存の甲状腺結節は大きくなり、新しい甲状腺結節の出現頻度も増すと報告されています。
妊娠中の甲状腺結節の診断は、原則として非妊婦と同様で、超音波検査、穿刺吸引細胞診は、妊娠中でも安全に施行できます。
アイソトープを用いた検査は禁忌となります。CTなどの放射線被曝検査も原則として回避することになります。
③ 甲状腺癌と妊娠
妊娠中に発見された甲状腺分化癌(乳頭癌、濾胞癌)の予後は,非妊娠時の分化癌の予後と変わらないという報告が多いです。
第2三半期(理想的には19~22週)での甲状腺手術はほぼ安全に施行できますが、分化癌であれば、ほとんどのケースで産後まで手術の待機が可能ですので、原則としては、出産後の手術をお勧めしています。
分化癌以外の悪性腫瘍の対応は、悪性度と予後に応じて、患者様ごとに対応を検討する必要があります。
④ 副甲状腺機能亢進症と妊娠
妊娠中に副甲状腺機能亢進症と診断されるのは、0.15-1.4%と報告されています。
血中カルシウムが11.4mg/dL(2.85mmol/L)以上で、72%の胎児死亡の報告もありますので、これから妊娠を考えている方で、もし副甲状腺機能亢進症の診断を受けたならば、妊娠前に手術を受けた方が良いと思われます。
妊娠中に診断を受けた場合には、高カルシウム血症の重症度と診断時の妊娠週数で、患者様ごとに考えていく必要があります。
一般に、妊娠中の手術に関しては、第2三半期での手術が望ましいとされますが、Normanらの報告では、胎児死亡の多くは第2三半期前半までに認められたため、副甲状腺手術は第1三半期後半期の手術が望ましい可能性があります。
第3三半期後での手術症例の胎児死亡の報告は50%を超えたものもあり、妊娠中期以降に発見された場合に、手術を妊娠中に行うべきかどうかについては明らかではありません。
非手術で経過を見る場合には、新生児の一過性低カルシウム血症の発症に留意する必要があります。
⑤ 妊娠中の甲状腺・副甲状腺手術
妊娠中の手術が考慮される疾患としては、
- (1)抗甲状腺薬などで甲状腺機能のコントロールがつかないバセドウ病
- (2)著しい気道狭窄を来す甲状腺腫
- (3)局所進行甲状腺癌
- (4)原発性副甲状腺機能亢進症 など
があります。
第2三半期での甲状腺、副甲状腺手術は、ほぼ安全に施行できますが、良性結節や分化癌(乳頭癌、濾胞癌)であれば、ほとんどのケースで産後まで手術の待機が可能です。
原発性副甲状腺機能亢進症は、胎児死亡との関連も示唆されていますので、血中カルシウム11.0mg/dL以上の場合は、第1三半期後半期から第2三半期前半の手術を考慮します。
産婦人科のサポートが得られる施設であれば、より安心です。