頚部の傷跡をきれいに治すために
外科医が配慮していること
傷跡が目立たなくなって欲しいという思いに応えたい
手術内容によって、傷の位置や長さは異なりますが、甲状腺手術を通常開放手術で行う場合、頚部に切開創を置くことになります。
頚部は、普通の洋服では隠れず、人目に触れやすいので、傷跡がどこの部分に、どの程度残ってしまうのかについて心配することは、老若男女を問わず、当然のことです。
体質と体型は、個々に異なります
傷跡がどの程度きれいに(目立ちにくく)治癒するかは、個人の体質が大きく影響することは否定できません。
いわゆるケロイド体質といわれる患者さんの中には、特に手術を受けていない前胸部(胸骨前面)が赤く盛り上がっていたり、小児期に受けた肩のBCG接種の跡すら赤くなっていたりする方もおられます。
ただ、そういった体質も含めて、体型、首の長さ、皮下脂肪の量、年齢、性別、皮膚の張力などをいろいろ考えて、その患者さんの、どこに、どのような切開創を置くのが最善なのかを決定し、術当日朝にマーキングして、なぜその位置を切開ラインとするかの説明をすることにしています。
もちろん、難手術では、手術のやりやすさを優先して切開線を決めることにはなります。
どのような切開線をどの位置に置くか
一般に、定型的な甲状腺手術は、頚部襟状切開で行われます。
皮膚の皴の方向にそった、緩いカーブを描いた横方向の切開線です。
随分以前には、U字切開やL字切開を置く医師も耳鼻咽喉科・頭頚部外科では少なくありませんでしたが、最近は、進行がんに対する手術以外で用いられることは減りました。
ただし、同じ頚部襟状切開でも、傷の位置は、術者によって大きく異なるものです。
傷をきれいに治すために、どのように縫合するかの技術的問題も大事ではありますが、どこにどのような切開線を置くかについてもとても重要であることは、形成外科的には常識であります。
その視点でのこだわりは、外科医によってかなりの温度差があると感じています。
選択肢は一つではありません
頚部襟状切開をどこに置くのかについては、以下のような選択肢があります。
- (1)既存の皴を利用する
- (2)皮膚割線(Langer line)に沿う
- (3)RSTL(relaxed(resting)skin tension line)に沿うなど
頚部に関しては、3つが同一ラインであることもありますが、多くの患者さんで候補は1本ではないので、複数で考慮します。
切開線の位置には、それぞれのメリット、デメリットがあります
一般に、鎖骨に近ければ近いほど肥厚性瘢痕のリスクは上昇します。
特に、骨の直上はリスクが高いと考えられていますので、ドレーンの刺入部位としても回避します。
また、尾側(足側)の低い位置に置くと、甲状腺の上極が遠くなるので、傷の長さは長めになります。
ただし、低い位置の傷跡は、ハイネックの洋服や、短めのネックレスで隠しやすいというメリットがあります。
鎖骨から離れた高めの切開線は、きれいに治りやすいといわれています。
外科医によっては、甲状軟骨(のどぼとけの軟骨)の下縁近くを横切開することを好む場合もあります。
鎖骨近くで切開するよりも、小さな傷で甲状腺切除が可能となるメリットもありますが、肥厚性瘢痕になってしまった場合には、物理的にとても隠しにくい位置になってしまいます。
正中部といわれる体の中心近くは、皮膚直下の広頚筋という筋肉が欠損しており、肥厚性瘢痕になりやすい部位ですが、外側方向に行くに従い、きれいに治る可能性が高くなります。
体型にもよりますが、傷の位置は、座った状態と仰向けになった状態では大きく移動します。
特に、肥満傾向、乳腺の大きな方(授乳婦なども)では移動幅が大きくなります。
術後の日常生活を想定して手術を行います
手術は、仰向けの頚部後屈で行います。
ふだん、患者さんが鏡で自分の傷跡を目にするのも、人前に出るのも、立位や座位であることがほとんどです。
正面を向いた状態、首を後ろにそらした状態、顎を引いた状態、左右をむいて、ひきつれの少ない切開線を慎重に決定します。
もちろん、手術操作のやりやすさも無視はできません。
若年女性で首が長く、喉頭が高いと、甲状腺も高い位置にありますし、肥満の方や高齢男性は、喉頭が低く、甲状腺も低い位置にあることが一般的です。
頚椎症などで、手術体位としての後屈が難しい患者さんでは、皮膚切開線の選択肢は狭まります。
切開の際にも様々な考慮すべきことがあります
現代の手術においても、皮膚の切開は、メスを用います。
皮膚断面が垂直になるように慎重に切開をするのですが、カーブを描く切開線ですので、気をつけないとお刺身のように斜めに入ってしまいます。
斜めになると、きれいに閉創することが途端に難しくなります。
深部の手術操作中に、表層の皮膚にダメージが加わらないように気を付けることも大事です。
手術の視野を展開するために、筋鈎という金属の道具を用いたりしますが、皮膚の断端が挫滅されて傷んでしまうことがあります。
また、電気メスやサージカルデバイスといわれる止血器具は、非常に高温となるため、皮膚を火傷させてしまうこともあります。
特に、無理に小さな切開創での手術にこだわると、そのリスクは高くなります。
個人的には創縁の皮膚を保護するプロテクターを用いていますが、皮膚を愛護的に取り扱うための工夫を行うことで、手術の最後の縫合をきれいに仕上げやすくなります。
きれいに治るよう、傷が目立たないよう縫合にも配慮します
縫合方法については、好みや作法の違いはあれど、多くの施設で、形成外科的手技(真皮埋没縫合)を用いて縫合閉創していると思われます。
縫合技術の技術的優劣の存在は否定しませんが、多くの外科医が、きれいに治るために良いと信じた方法で、丁寧に縫合しています。
個人的には、できるだけ尾側の切開線でのscarless healing(瘢痕の見えない創傷治癒)を理想とし、外来診察時に、手術をした自分でも、切開線を同定できなくなることを目標としていますが、残念ながら肥厚性瘢痕となってしまうことももちろんあります。
外科医の想い
手術を託す外科医が、どれぐらい、傷をきれいに治すことに注力してくれるかということについて、患者さんの側で判断することは非常に困難ではありますが、甲状腺手術に熱心に取り組んでいる外科医の多くが、手術を受けていただく患者さんの傷跡が少しでも目立ちにくくなるために、様々な工夫をしているということを伝えたくて、詳しく記載してみました。
術後の外来通院での診察時に、目立つ傷跡を目にするのは、執刀医としてもつらいのです。
患者さんができること
マッサージとストレッチ
手術後は、頚部が浮腫みますし、筋肉はこわばります。
手術後の頚部違和感などからの回復のために、術後早期からの頚部の運動、マッサージ、ストレッチなどが推奨されます。
過度の進展・緊張を防ぐために固定
しかし、傷をきれいに治すという観点からは、切開部に過度の進展、緊張がかからないほうが有利です。
形成外科的縫合により、創部に進展力が加わらないように工夫はしてきますが、テープ療法の追加をお願いしています。
基本的には、襟上切開の縫合部分は、重力により足側に引っ張られますので、縫合線より足側の皮膚を持ち上げて、鎖骨から離れるように意識してテープを張るのが良いです。
テープは、マイクロポアや優肌絆、アトファインなど数種類あります。
かぶれる方も少なくないので、自身でよさそうなものを数か月ぐらい続けられたら十分です。
シリコンジェルで1か月ぐらい使えるものもありますが、少し高価なのと、丁寧に取り扱わないとすぐにダメになってしまうので、個人的には、安価なテープを自分の傷の長さとカーブに合わせて使用するのでよいと思っています。
張り替えの時に、とても赤みが強いようでしたら、少し肌を休めたほうが良いです。
あまり我慢して、水膨れになって、逆に跡が残ったりしたら大変です。
紫外線は避けたほうが良いと指導はしますが、テープを張っている間は、あまり気にしなくてよいと思います。
日焼け止めなどで保護を
テープが終わったら、顔や手足にぬるように、首にも日焼け止めを塗っていただければ十分と思います。
テープを使わなくなる時期以降は、ヒルドイドクリームをしばらく使ってもらうことが多いですが、好みの保湿クリームがあれば、そちらでよいと思います。
傷がどうしても気になる際には、医師に相談しましょう
傷がどれぐらい目立つのかを規定する因子は多数あります。
傷の幅、高さ、色調は大きな要素ですが、傷のきれいさを客観的に評価するのは非常に困難です。
縫合線の形態も一つの要素だと思います。
皴のようなきれいなカーブであれば目立ちにくいですが、不自然に直線的であったり、波打っていたり、ひきつれていたりすると気になる方も多くなります。
1年以上経過して、とても気になるのであれば、思い切って担当医に相談してみましょう。
形成外科に紹介してもらうのも一案です。
本来は、外科医の側から提案するのが親切なのですが、そのような外科医は、残念ながら非常に少ないのです。
後からできること
肥厚性瘢痕
さまざまな工夫をこらしても、傷跡の色調が赤みを帯びて長く持続したり、盛り上がって高さがでてきてしまったりすることがあります。
肥厚性瘢痕といいます。
ケロイド(広義)といわれることもありますが、厳密には、ケロイド(真性ケロイド)は、切開部分を超えて進展する病態で、狭義には区別されます。
術後1か月程度では、あまりその兆候がなくても、その後に盛り上がってきたり、赤くなったり、痒みが出てきたりします。
お薬などによる治療
アレルギーに対する薬である、トラニラストという内服薬が保険で認められています。
肝機能障害と膀胱炎症状(稀に血尿)が副作用として知られています。
漢方薬の柴苓湯も知られていますが、こちらは保険適応外です。
局所治療として、ドレニゾンテープやエクラープラスターなどのステロイド含有テープぐらいまでは、外科医により処方されることも少なくないと思います。
上記の治療で無効であれば、ケナコルト(ステロイド)の局所注射が効果的ですが、ここまでやる外科医はとても少ないです。
さすがに、レーザーや放射線照射ということになると、形成外科への相談が必要になります。
時間が経過しても赤みやかゆみなどあればご相談を
傷跡は経時的に薄くなってくるので、それを期待するが故に、上記のような介入が遅くなりがちですが、肥厚性瘢痕の兆候があるのであれば、早めに治療介入するほうがより効果的である可能性はあります。